雑感

内藤廣岸和郎北山恒《建築の終わり》
あー勉強不足を思い知らされる。ベースにこれくらいの知識がないと少なくとも建築は語れないんだろうなあ。それにしても笠原一人と日埜直彦にしても、33、34歳か。凄いね。ちょっとへこむ。ジェラシー。当たり前なんだけど。


それにしても建築に関する言論、やたらと映画(攻殻機動隊パトレイバー押井守)の参照が多いなあ。もはや建築の内部から建築は語れないのか。ここらへんは《建築の終わり》を参照しつつ歴史をしっかり勉強してみる必要あり。


でもそもそも凄いのは士郎正宗の構想力だっていう指摘を見かけたんだけど、それはそうだよね。主要メディアでの露出を見た事ないけど何故?映画攻殻の原作の単行本でさえ13年前の91年。92年に日本で初めてのプロバイダーIIJが設立、Windowsは3.1だったことを考えると恐ろしい。ブラウザーは93年にやっとすべてのブラウザーの原型であるMosaicが誕生。確かこの頃はまだテキストブラウザーだったはず。うーむ。全然違うけど《serial experiments lain》っていうマニアックなアニメも指摘は凄い。ネットワークとかバーチャルなものとバーチャルじゃないもの=リアルっていうものは未だに古い感覚だと断絶を感じてしまうものだけど、実はその垣根ってすごく曖昧なんじゃないの?ってことを描いた作品でこれもテレビ放映が98年だってことを考えると非常に先進的だったと思う。imodeは99年開始だもんね。その後、虚構が実際の都市をも浸食し始める。森川嘉一郎が《趣都の誕生 萌える都市アキハバラ》で示したのはこれだ。